宿り木キャラクター日記 ~朝川さん家2~

影使い日誌

~学園生活編~







学園生活

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 この学園にやって来てから3度目の春が来た。

もう3度目! 我ながらあり得なさ過ぎて笑ってしまう。

何が悲しくて大学一年生だったはずの私が3年も

女子高生をやらなくてはならないのか。

……いや、私が本業というやつに

まだ慣れていないのが悪いのだけれど。

それにしたって、少しは上の人達も考えてくれても

いいんじゃないんだろうか。

「影使いとして、女子高生に扮しターゲットに近づけ」

なんて。簡単に言ってくれるものだ。

お陰でせっかく受かった大学へも通えず、

2年も休学してしまっている。

今年も前期は休学決定だし。

後期までには何とか解決させないと、

このままでは大学の主になってしまうし、

それどころかターゲットだって学園を卒業してしまう。

本当に今年こそ、何かいい手を考えなくちゃいけない。








花屋の日常

                    裕紀


 花屋の日課は仕入れた花の手入れから始まる。

虫を取り除き、流水の中で茎を切り、葉の様子を

確かめる。それの繰り返しだ。

手は容赦なく荒れるし、

お客様もそんなに頻繁に来てくれるわけではない。

が、こんなささやかな一日が何より愛おしい。

願わくばこちらを本業にしてしまいたいくらいである。

けれど、やはり現実は厳しい。

明け方菊野さんに叩き起こされ聞いた話によれば、

栞さん1人で解決させるのはかなりきついらしく、

僕は明後日から花屋を休業しなくてはならなくなった。

この人格ともしばらくお別れということになる。

しかたのないこととはいえ、少し寂しい。

だが、2年ぶりに孫と会える機会が増える菊野さんには、

嬉しいことなのだろうな。








木の上会議

                          菊野


 今日は夜中、起きて早々裕紀さんに連れられ、

孫の栞が潜入している女学校の学園寮へ

行くことになりました。

バルコニー前の木の上で2年ぶりに再会した我が孫は、

開口一番にこう言ったんです。

「なんで来たのよ」

あんたが頼りないからじゃないか、

と答えようとしたけれどすんでで思いとどまりました。

暗がりに見える栞の表情が

ずいぶんと余裕のないものだったものですからね。

思えば、あの子とこんなに長いこと離れていたことは

ありませんでした。

裕紀さんも栞の様子に気づいたのでしょう。

明日からの打ち合わせをする間、

ずっと栞を気遣っておいででしたもの。

男は嫌いですが、敏い殿方は嫌いじゃありません。

特にあの子が気を許しているとなれば尚の事。

先のことをあれこれ考えても仕方ないですけれど、

やはり孫には幸せになって欲しいものです。








新しい講師

                      栞


 今日から新しい講師がやってくる。

もちろんその講師というのは裕紀、

もとい、彼のもう一つの人格であり

性別でもある田辺京理だ。

もう一つの人格と言うだけあって、

京理はまごう方なき女であり、

腹立たしいことに私の親友でもある。

彼及び彼女は、以前私の能力を探るため、わざわざ

私の大学へと講師として潜入してきた経緯がある。

京理と裕紀の不可思議な両性体質については、

今はもう理解しているつもりだ。

でも、彼女のことを信じて恥ずかしげもなく

頼りきっていた私としては、

騙されていたという事実を思い出すと、

ごくたまに腹立たしい気持ちになるのである。

しかも、今は単なる親友という関係だけではなく、

仕事上の相棒なのだ。その彼、いや、

彼女がこの学園へやってくるということは、

こちらを信用していないってことじゃないだろうか。

今日は一日そんなことばかりが頭を占めてしまい、

体育の時間にバレーのボールを顔面に食らってしまった。

痛いし、悔しい。

これを書いたら一言文句を言ってやろうと思う。








夜空の散歩

                  裕紀


 散歩に出るのが好きだ。

特に夜、誰もいない中で夜空を散歩するのは

気持ちがいい。

今は講師として職員寮暮しを余儀なくされているから、

こういう時は、自分の厄介な体質に感謝したくなる。

何せ、自室に帰ってこの日記をつけている時と

散歩をしている時だけは、男の姿でいられるのだから。

これは僕の中にいる彼女との取り決めでもある。

記憶を共有してはいても、僕は僕だし、彼女は彼女だ。

けれど彼女は、

先に存在していた僕にいつも敬意を払ってくれていて、

必要な時以外に出てくることはない。

僕にとってはそれも本当にありがたいことだ。

ともかく、今日も僕は散歩に出た。

この学園は民家から離れているので、

夜中みんなが寝静まったころを見計らって

高く飛びさえすれば、誰かに見つかることもない。

間近に見える満点の星と三日月は本当に美しくて、

今日一日栞さんに睨まれていたなんて悲しいことも、

吹き飛ばしてくれる。

明日はどんな一日になるだろう。

明日はもう少し、

栞さんが打ち解けてくれることを願おう。








昼休み

■■■■■■■■■■■■■■■■■■菊野


 今日、陽が暮れて起きた途端、

裕紀さんに泣きつかれてしまいました。

殿方の泣き言など、とは思いましたが、

我が孫のこととなれば話は別です。

とはいえ、事情を聞いて少し飽きれてしまいました。

なんでも、栞が裕紀さん、

いえ、この場合は京理さんとお呼びするべきですが、

ともかく彼及び彼女を、お昼に誘ってくれないの

だそうです。

「僕が講師だから、というのはわかってはいるんです。

でも、なんだか沙耶さんと中庭で

仲良くしている姿を見るとなんとなく胸が騒ついて」

とのたまう裕紀さんは、

青い春を謳歌する女学生そのものでした。

「とにかく、お風呂にでも入っていらっしゃいな。

お茶の準備をしておきますから」

と裕紀さんを風呂場へ押しやりながら、

私はどうにかして栞と話をする必要性を

感じていました。

まったく本当に、これから先が思いやられます。








小さな犯行

                   栞


 今日の夜中、正確に言うと午前3時半頃のこと。

菊野おばあちゃんが私の部屋に単身でやってきて、

部屋に入るなり叱られてしまった。

「裕紀さんを仲間外れにするんじゃあありません!」

小さな身体で仁王立ちされて、ついカチンと

きてしまった。

「裕紀を仲間外れになんてしてないわよ」

そっぽを向いて反論すると、

菊野おばあちゃんが呆れたような溜め息を落とした。

「京理さんでも一緒じゃないか。

だいたいお前のためにわざわざ来てくれたんだから。

もう少し優しくしてあげるのが筋じゃないのかい?」

 それはそうかもしれないけれど、

京理を見ているとどうしても腹が立つのだ。

あんな風に澄まし顔で

毎回世界史の授業をこなしていることにも、

他の生徒たちに囲まれて楽しげに話していることにも、

何より菊野おばあちゃんが頼りにしている

らしいことにも。

イラついてしかたないのである。

「だって、ウザいんだもん」

 頬を膨らまして反論したら、

菊野おばあちゃんに足を叩かれた。

「もう少し依頼人の、

優花さんたちの気持ちを考えておやりなさい」

 その言葉には反論できるはずもなく、

私は菊野おばあちゃんが諦めて帰るまで、

黙って外を見続けた。








部活動

■■■■■■■■■■■■■■■■■■裕紀


 栞さんに無視され続けて5日目。

埒があかないのでこちらも少し捻りを

加えてみることにした。早い話が、部活動である。

ちょうどいい具合に、

中庭の奥で半ば放置されたような温室を見つけたのだ。

話を聞いてみると、

どうやら、数年前廃部になった園芸部の

持ち物だったらしい。

「私に管理させてくださいませんか?」

 思いきって校長に掛け合ってみたら、

案外あっさりと承諾を得ることができた。ちょうどいい。

この活動に栞さんたちを引き込もう。

趣味と実益を兼ねた作戦だ。

息抜きにも最適だから明日からが少し楽しみなのである。








勧誘の理由

■■■■■■■■■■■■■■■■■■菊野


 夜起きたら、裕紀さんが待ちかまえていたように

お茶を入れてくれました。

本当に気の利く殿方です。

あまりに上機嫌だったので訳を聞いてみましたら、

裕紀さんが発足した園芸部に栞が入ることに

なったということでした。

それはなかなかにめでたいことです。

あの子も少しはこちらの気持ちを

汲んでくれたのかもしれません。

それにしても、

今日の裕紀さんの浮かれっぷりと言ったら驚くほどで、

私は少しこれから先のことが心配になってしまいました。








温室会議

                      栞


「放課後、温室で今後の作戦を兼ねてお茶しましょうよ。

大丈夫。沙耶さんにはわからないように

会話を進めるから」

 京理がウィンクとともにそんな提案をしてきたのは

昨日のこと。

私も意地を張るのに少しばかり疲れてきていたし、

菊野おばあちゃんに言われたことももっともな

ことだから、園芸部に入ることを承諾した。

温室は中庭の隅にひっそりと建っていて、

確かに私たちの目的を話し合うにはぴったりの

場所にある。さっそく沙耶を連れて温室に入ると、

京理がお茶とお菓子を用意して待っていた。

「好きなだけ寛いでいってね」

 微笑みながら、

当たり障りのない程度に沙耶の内情を探っていく京理に、

私はやっぱり面白くない気分。

軽く足を踏んでやったら、

なんだか嬉しそうにされてしまい、返答に困った。








ティータイム、デイタイム

■■■■■■■■■■■■■■■■■■裕紀


 放課後、

昨日と同じように栞さんたちを待っていたら、

現れたのは栞さん1人だった。

内心で驚きつつお茶を用意すると、

栞さんはお茶を飲みながら淡々とした調子で

今日一日の報告をしてくる。

「ねぇ、もう少し肩の力抜いてもいいんじゃない?」

 躊躇いがちに提案してみたら、

はにかむように微笑んできた。

「だから1人で来たんじゃない」

 近頃ほとんど見なかった表情と言葉に、

僕、いや僕らはうっかり動揺してしまった。

栞さんはそれからたっぷり2時間ほど温室にいたのだが、

正直、どんな話をしたのかいまいち思い出せない。

仕事に支障が出ないことを祈るばかりである。








色気のない逢瀬

■■■■■■■■■■■■■■■■■■菊野


 このところ、

裕紀さんと栞はよく温室でお茶を飲んでいるようです。

普通でしたら仲が良くなったのだと喜ぶところ

なのですが、あの2人の場合、そうとも

言い難いようです。

仕事の件に関してはうまく運び始めているようですが、

私が望んでいるのはもう少し色気のある展開ですから。

まあ、昼間では京理さんとして過ごしているのだから、

そんなことを望むのは間違っているんでしょうけれど。

それでもいち早く孫の花嫁姿を、

と望んでしまうのは、

やはり祖母としての私のエゴなのでしょうか。








友情の定義

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「高野さんの親友ってやっぱり沙耶?」

 昼休みに温室へ向おうとしていたら、

クラスメイトの咲子にそんなことを訊かれた。

返事に窮していると、

わざわざこちらまで迎えにきた京理が、

満面の笑みを向けてこちらを見てくる。

「あら、そうなの?

いいわね、親友がいるって。先生とっても羨ましいわ」

 恥ずかしげにこちらを見てくる沙耶に、

私も微笑み返したけれど。

何故だろう。その後の京理は少しいつもより

つっけんどんな感じがした。

京理も裕紀も、私とっては謎な人である。








割り切れない感情

■■■■■■■■■■■■■■■■■■裕紀


 栞さんが沙耶さんと親友だという話を聞いた。

仕事としてはこれ以上ないほどめでたいことなのに、

素直に喜べない。

そんな自分が何よりショックで、

今日は一日栞さんたちを避けてしまった。

僕は、いや、僕らは栞さんの相棒である。

そこには型にはまらなくともちゃんと絆があるはずで。

それは僕らだけがわかっていればいいことなはずだ。

なのに、僕らはショックを受けている。

「お前はもっと他人に執着するべきじゃよ」

 そんなことを以前育ての親に言われたけれど、

これが執着だと言うのなら複雑な気分だ。

栞さんのサポートをする身としては、

執着なんて感情は邪魔なだけなのに。

何故上手くコントロールできないんだろう。








友達トライアングル

                   菊野


 裕紀さんと栞の仲が、

また何だか微妙な雰囲気になってきているようです。

なんでも、ターゲットである沙耶さんと栞が、

ことの他仲が良いからなんだとか。

喜ばしいことなのに喜べない、

と複雑な心境を吐露する裕紀さんを見ながら、

私こそ複雑な気分になってしまいました。

その感情が友情でなくなる日が来てくれさえすれば、

と願ってやみません。

そうすれば、

彼らのもやもやした感情もすべて決着がつくというのに。

物事というものは、

なかなか思うように運ばないものなのですね。








友と仲間と愛情と

                     栞


 10分休憩時、次の時間のプリントを受け取りに

行ったら、裕紀が、いや、この場合は京理がいて、

大量のプリントを半分持ってくれながら言った。

「栞の一番大切な人って、誰?」

 そんな当たり前のことを訊いて

何が面白いのかわからないが、

重い荷物を持ってくれたこともあるし、

真面目に答えてみた。

「菊野おばあちゃんかな」

 私の言葉に京理はしばらく黙り込んだ後、

真剣な面持ちでじゃあさ、と私を見てきた。

「私って、栞の何なのかな?」

 そんなの聞かなくてもわかるじゃない。

と叫びそうになって、自分の立場を思い出す。

この学園では、彼女と私の立ち位置が違う。

教師と生徒なのだ。私は溜め息をついた。

「仲間でしょ」

「仲間……」

 私の答えが不満なのか、

京理が眉根を寄せて呟いてくるので、

私はしかたなく胸に秘めていた事実を補足した。

「相棒だし、頼りにもしてなくはないわよ」

 答えた途端、京理の瞳が輝きを帯びた。

「そう、そうよね!」

 声を弾ませる彼女の勢いに負けて、

その後の私は頷くことしかできなかったけれど、

なんだか京理が幸せそうなので、

まあいいかと思うことにした。








3度目の夏休み

■■■■■■■■■■■■■■■■■■裕紀


 夏休みに入った。

学園でも帰省する人たちが大半だし、

栞さんも一度家に帰り作戦を練り直すと言うので、

僕も彼女に倣うことにした。

今日からはしばらく花屋に戻ることができる。つまりは、

大手を振って裕紀でいることができるということだ。

女性として、京理のままでいることも別に

嫌いではないが、やはり元の人格と姿の方が

ほっとするのは否めない。

それに、今年は去年までと違って

栞さんが明明後日から店の手伝いに来てくれるという。

仕事のためよ、と彼女は言うけれど、

それでも少しは相棒だと認めてくれている

証拠なのかもしれないと思うと、

何だか嬉しくてくすぐったい気分だ。








つかの間の幸せ

■■■■■■■■■■■■■■■■■■菊野


 栞が帰省すると言うので、

私も2年ぶりに我が家へ帰ることができました。

そうは言っても、ワンエルデーケーとかいう狭くて

ごみごみした空間なのですけれど。

一戸建ての裕紀さん宅とはえらい違いです。

『住まいならばどこでも好きなところを用意しよう』

と鹿児島の長老から申し出があったのは、

裕紀さんとお会いしたばかりの頃でしたか。

有難くお受けすればいいものを、

我が孫は一語の元に断って、

こんな小さな空間に居を構えているのですが。

まあ、当時は私も散々小言を申しましたけれど、

今にしてみればこれでよかったのかもしれません。

どんなに小さくとも我が家は我が家。

しばらくはゆっくり、羽を伸ばしたいものです。








相棒アンビバレンツ

                         栞


 明日から裕紀の店でアルバイトをすることになった。

頼まれたのではない。自分から申し出たのだ。

何しろ彼ないし彼女は、私に対して遠慮がちなのである。

実際この2年の間に、別口の仕事が何件もあった

らしいのに、それをすべて私の知らない間に

こなしてしまったのだ。

まあ、一人でやったのだというならまだましなのだけど。

どうやら我が相棒殿は、それをあろうことか

祖母の菊野と片付けていたようなのである。

これじゃあまるで、

菊野おばあちゃんが彼の相棒であるみたいで、

気分が悪い。

私だって未熟なりにやれることはあるはずなのに。

そのことについて文句を言ってみたら、

「じゃあ、全面的にお願いしちゃってもいいんですか?」

って、真顔で返されてしまった。

出会ったばかりの頃ならいざ知らず、

一人だけで対処するのに限界があるのは

身にしみているし。

でも、できることなら、もう少しくらい頼りにされたい。

そう願うのは、やはり欲張りなのだろうか。








アルバイトがやってきた

■■■■■■■■■■■■■■■■■■裕紀


 栞さんがアルバイトとしてやってきた。

やってもらうことはたくさんあるが、

とりあえずは店の掃除やレジ打ちなどを手伝ってもらう。

本人は花の手入れや

花束のコーディネートに携わりたいようだが、

さすがに一日目で任せることはできない。

仕事は仕事なのだから。

少々不満げな彼女にやんわり諭すと、

素直に頷いた後で妙に爽やかな笑顔を向けられた。

「やっぱり店長なのね」

 そう告げる栞さんの微笑みが深くなっていくのを見て、

僕は妙に落ちつかない気分になった。








只今修行中

                    菊野


 栞が裕紀さんのお店で働くようになり、

私も夕飯をご馳走になることになりました。

とは言っても、

作るのは裕紀さんではなく我が孫だったのですけれど。

手前味噌ではありますが、

栞の作るものはどれもなかなかの味です。今日のチキン

ハンバーグも大変美味しゅうございましたし。

けれど、です。

食後のお茶を飲んでいる時、

栞は何とも聞き捨てならないことを言ったのです。

「まあ、今日も結構迷惑かけたしね」

 礼をおっしゃる裕紀さんに照れ笑いを浮かべる

栞を見て、私は唖然としてしまいました。

「お手伝いに来てご迷惑おかけするとは何事ですか!」

 私は声を大にして申しましたけれど、不肖の孫は

うるさいと言わんばかりに耳を塞いでしまいました。

何と嘆かわしいことでしょう!

近頃少しは責任感が出てきたものだ、

と安堵していたのが間違いでした。

明日はきっとお役に立てるよう、

これからまたきっちりとお話しなければなりません。

本当に、困ったことです。








ご飯を作ろう

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 最近、アルバイトで花屋の営業時間いっぱいまで

いるため、裕紀の家で夕飯を食べるのが

日課になっている。

最初はレジ打ちを間違ったり、花についた虫を

怖がったり、とかなり迷惑をかけていたので、

夕飯くらいはと私が作っていたのだが。

妙に落ちつかない様子をしているので、提案してみた。

「そんなに手持ち無沙汰なら、一緒に作る?」

 問いかけた途端、ありがとうございます、と

微笑まれた。

そんな邪気のない笑みを見て、

うっかり赤面してしまったのだけれど。

俯いた私に気分が悪いのかと本気で心配してくる裕紀は、

恥ずかしいを通り越して何だかひどく腹立たしかった。








夏の終わり

  ■■■■■■■■■■■■■■■■■■裕紀


 明日で夏休みも終わる。つまりは、またあの

仮初めの生活へ舞い戻るということだ。

嫌ではないが、気が重い。

何しろ今年こそは解決しなければならないからだ。

現に田園調布の長老はかなりご立腹な様子だし、

僕としてもこの問題がこれ以上長引くのは、少し困る。

何しろ、あの学園での生活は色々と精神衛生上良くない。

余計なことにイラついてしまうのにも、

正直言って疲れた。

初仕事の栞さんは、

何としても自分で解決させたいのだろうけれど。

もう3年目なのだ。

今年ばかりは、黙って見守る、という

スタンスでいるわけにもいかないだろう。








勝負の時

                      菊野


 9月になり、私どもはまたあの学園の寮へ戻りました。

けれど、まだ問題の沙耶さんへ、

どのように優花さんの気持ちを伝えるべきか思案中です。

裕紀さん、いえ、京理さんも、攻めあぐねている様子。

と、そこへ夜の作戦会議で、

栞が京理さんへ提案してきました。

「そういえば、沙耶は、

毎年彼岸花をよく眺めている気がするのよ。

そこらへんのところを、

優花さんか徹さんに尋ねることはできないかしら?」

 すると、京理さんが小さく息を呑み、私を見ました。

「それならわたしも徹さんから訊いたことがあるわ。

確か彼岸花は、

あの3人にとって大切な思い出の花なんだ、とか」

「そう。なら、優花さんにくわしく訊いてみましょう」

 栞は立ち上がると、京理さんへ頷きました。

意を汲んだらしい京理さんが、

影のように黒い人形を取り出します。

栞はその人形に手を当て優花さんへ呼びかけました。

ほどなくして、人形は優花さんの姿に形を変え、

栞の質問へ言葉少なに答えてきました。

彼岸花が自分の好きな花であったこと。

息を引き取る間際、彼岸花の花言葉へ想いを託したこと。

『どうしても、忘れないでいてほしかったから』

 姿を消す寸前、

顔を伏せて深い息とともに吐きだした彼女の目には、

涙が滲んでおりました。

「必ず、貴女の想いを伝えます」

 栞は力強く言い切りましたが、

私は果たしてこの子だけで本当に大丈夫なのか、と

一抹の不安を覚えずにはいられませんでした。

少し不本意ではありますけれど、

ここはやはり裕紀さんにご助力願うしかなさそうです。








賭け

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 今日は正念場だ。

昨夜得た情報を元にして、ターゲットに

ちょっとした罠をしかけることにしたのである。

私の演技力がすべての、かなり危ない賭けだ。

上手く乗ってきてくれたらいいが、

そうでない場合が問題だ。

彼女、沙耶の気持ちを救いたいという優花さんの願いが、

届かなくなってしまう。

他の方法、

例えば徹さんに説得してもらうなど案もないではないが、

沙耶の頑なな心を溶かすのに、

彼の言葉はかえって逆効果になる可能性もある。

私は意を決して沙耶の机に行き、

『願いの叶う彼岸花を使ったおまじない』の話をした。

どう反応するか、とドギマギしていたら、

沙耶は強い瞳をこちらに向けて礼を言ってきた。

 上手くいくかもしれない。

内心小躍りしたい気分だったけれど、何とか抑えた。

だって、まだ始まったばかりだものね。








影使いの憂鬱

■■■■■■■■■■■■■■■■■■裕紀


 沙耶さんが、

栞さんの立てた作戦に乗ってきてくれたようだ。

だが、そのおかげで僕は毎晩寝不足である。

何しろ、影人形を使って沙耶さんを

惑わせないといけない。

まあ、声色を使って沙耶さんを煽っている栞さんも、

ほとんど同じ条件ではあるのだが。

とは言え、

トイレにまでついていかなければならないというのは、

かなり苦痛だ。

女の身になっていたって、それは同じである。

ここまでプライバシーに立ち入るのはどうなんだろう。

そう思って栞さんにそれとなく抗議してみたのだが、

あっさりと却下されてしまった。

「いい? 私たちは今女優なの! 

この一分一秒も無駄にはできないわ。

貴女もくだらない文句言ってないで、

この作戦を成功させるためにも、

女優として見事に影の仮面を被るのよ!」

 拳を握りしめて、

何処かで聞いたような台詞を力説する栞さんを前に、

疲労感が増す。

今は早くこの仕事が早く終わってくれることを、

心から願うほかはない。








合わない鍵穴

                       菊野


 ここのところ、栞と裕紀さんが奮闘しているようです。

けれど、どうしてか沙耶さんは優花さんの名前を

呼ぼうとしません。

ここはもう一度、優花さんに尋ねてみる必要が

あるようです。それから、徹さんにも。

徹さんと沙耶さんはどうやら、

お互いに想い合っていらっしゃるようですけれど、

何故かその想いにすれ違いが生じている様子。

両想いなのに想いがから回るとは。

何と不幸なことでしょう。

何とかして、誤解を解いて差し上げたいものです。








彼の想い

                      栞


 夜、合間を見つけて徹さんに会いに行った。

菊野おばあちゃんからの助言もあって、

彼の本心を尋ねるためだ。

徹さんの自宅近くにある公園で待ち合わせたが、

徹さんはずいぶん早くから来ていたらしい。

私の姿を認めるなりお辞儀してきた。

「徹さんは、沙耶のことどう想っているんですか?」

 尋ねると、徹さんははっきりとした口調で答えてくる。

「好きです。ずっと、好きでした」

 真剣な面持ちでこちらを見つめてくる徹さんに

私は安心し、同時に何だか腹が立ってきた。

なら、どうしてもっと早くそのことを告げないんだ。

そう徹さんへ詰め寄ると、彼は悲しそうに呟いた。

「彼女は今僕の言葉を必要としていないんですよ。

僕は死の床にいる優花ちゃんから告白され、

ごめんと断りました。

すると優花ちゃんは涙を流し、どうか沙耶を頼む、と。

その瞬間、僕は悟りました。

彼女が本当に大切にしている人間は沙耶なんだって。

そして、それは沙耶も同じなんです。

彼女を強く想い、ずっと再会の日を夢見ている」

 徹さんの言葉は事実だと思った。

3年一緒にいたからわかる。

彼女はずっと誰かを待っていた。

それが徹さんでないことは、

優花さんを演じている私が一番痛感している。

 でも、だからこそ、沙耶は前を見なければならない。

現実を受け入れて一歩前へ踏み出さなくては。

私は徹さん肩に手を置き、口を開いた。

「なら、貴方がその目を覚まさせるべきだわ。それが

できなくても、きっかけくらいは作ってあげるべきよ」

「僕が……?」

 心配げな表情でこちらを窺う徹さんに、

私は深く頷いた。大丈夫。

必ず沙耶の目を、

生きている人たちの方へ向けさせてみせるから。








遥かな想い

■■■■■■■■■■■■■■■■■■裕紀


 栞さんが徹さんに会いに行くというので、

僕は夜、優花さんを呼び出すことにした。

人形に身をやつした優花さんは悲しげで、

すまなさそうに目を伏せたまま、僕の前に立つ。

僕はもう一度、

優花さんへ最期に沙耶さんと交わした約束について

質問してみた。

「私は確かに2人に我儘を言いました。

徹さんと沙耶が付き合うものと思っていましたから。

そうなってしまっても、

私のことを忘れないで欲しいと思って。

でもまさか、沙耶がそのせいで

私の人生を代わりに歩もうとするなんて、

思いもしませんでした。

あの子にそんな重荷を背負わせることになるなんて……」

 声を震わせる優花さんを落ち着かせるため、

僕は、大丈夫ですよ、と微笑ってみせる。

「僕らに任せてください。

必ず貴女の憂いを晴らしてみせます。

だから、安心して空から見守っていてください」

 僕の言葉に優花さんは小さく頷いてくれた。

彼女が消えた後、

戻ってきた栞さんに詳しく事情を説明すると、

栞さんは長い溜め息をつき、遠くを見た。

「やっぱり、明日が勝負ってわけね」

 栞さんの声はいつも以上に硬くて、

僕には彼女が緊張していることがわかった。

軽いフォローのつもりで肩を寄せたら、

気持ち悪い、と思いきり突き飛ばされてしまったのだが。

少しあんまりだという気がした。








女優失格

■■■■■■■■■■■■■■■■■■菊野


 昨日、栞と裕紀さんは大芝居を打ち、

何とか当初の目的を果たしたようです。

優花さんは無念を晴らして本当に空へ上っていき、

沙耶さんも徹さんと新たな人生を

始める気持ちになったようで。

 本当にめでたいことです。

けれど、一つだけ

栞に物申さねばならないこともできてしまいました。

あの子の正体を、

沙耶さんが見破ってしまったようなんです。

口調のちょっとした違いだったから、

と裕紀さんはおっしゃいましたけど。

これは栞の明らかな失態です。

影使いとあろう者は、

どんなに興奮しようとも相手に

その正体が悟られるようであってはなりません。そう

叱りつけましたら、なんとあの子が反論してきました。

「菊野おばあちゃんだって、

興奮して犯人殺しそうになったじゃない」

 確かに、過去そういうことが一度ありましたけれど、

あれは特別です。

あの犯人には積年の怨みがあったのですから。

少しやり過ぎくらいがちょうどいいのです。

私がそう答えましたら、

栞は何故か呆れたようにかぶりを振って、

もういいわ、と溜め息をついてきました。

 全然良くありません!

あの子には、

もう少しきちんと言って聞かせる必要がありそうです。

幸い今日は我が家に帰れるとのこと。

いい機会ですから、

しっかりとお灸を据えることにいたしましょう。








二人でお茶を

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 大学の休学期間が明日で切れるので、

その前に2人でどこかに出かけないか、

と裕紀を誘ってみた。

「僕と、ですか?」

 裕紀は酷く驚いた様子だったけれど、

こちらが本気だとわかると嬉しげに微笑んだ。

まあ、確かに驚くのも無理はない。

今まで女の裕紀である京理は誘ったことはあったけれど、

裕紀を誘ったことはなかったわけだから。

「ちょうど近くに美味しいカフェができたのよ。

紅茶とケーキが美味しいんですって」

 裕紀の手を引っ張りながら説明すると、

裕紀は、そうですか、と立ち止まり、小さく頭を掻いた。

「何だか、これってデートみたいですよね」

 心なしか頬を染めて告げる裕紀を前に、

私がしばし固まってしまったことは、言うまでもない。










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