≪ 第一章 紅い花 ≫
一
徹夜も二日目になるとさすがに堪える。
高野栞(たかのしおり)はやたらとふわふわした感覚のままホームを歩いた。
高い位置でポニーテールにした長い黒髪の端を白い手で弾き、今朝壊してしまったばかりの青い傘を見て肩を落とす。
お気に入りだったのだが、
大学の研究室へ向かう階段で足を踏み外し五段飛びを披露した際、あろうことか傘の上に着地してしまった。
バリリッという音とともにお釈迦になってしまった傘と自分は当然周囲の関心を引いてしまい、
半日羞恥で頭が煮えている。
(あーヤバい)
肩にかけたベージュのトートバッグがやたらと重く感じるし、頭も働かない。
それでもバイトに行かなくてはならないのかと思うと気が滅入る。
せめてベンチに座りたいが空いているだろうか。
栞は紺色のカーディガンの袖を少し捲り、辺りを見渡した。
スマートフォンを弄るサラリーマン、文庫本を開く大学生らしき青年、
スポーツ新聞を折り曲げ読みふける老人や華やいだ声をあげる女性たちを順繰りに見やり、小さく唸る。
やはり空席はないらしい。
家業のほか課題が四つも重ならなければ睡眠時間くらい取れたのに。
唇を噛みしめしかたなくホームへ立ち、向かいに目を移す。
瞬間、凍りついた。