月華 ~ 第1話 ~

 なだらかな坂道の左辺には、小高い赤茶色のレンガ塀が粛然と立ちはだかっていた。

塀はアスファルトの道路に沿って緩やかなカーブを描き、坂の上へと続いていた。

その斜面を栞(しおり)は、底の浅い黒のサンダルを身に着けた白い足で、

ゆっくりと窺うように上っていく。

坂の終わりにあったのは、蔦の葉で覆われた二本の門柱と重く重厚な構えの門扉だった。



 季節は八月。

立ち並ぶ木々の葉が時折吹く南方の風に煽られ、真夏の日光が栞の身体に降り注ぐ。

だが、その素肌は不思議なほどに白く涼しげで、

ベージュのノンスリーブに紺のロングスカートという出で立ちが、

 そのコントラストをより一層際立たせている。

何より、右の小脇に抱え込まれた、

 細長い紫の布に覆われた小さな包みがやけに印象的で、

めったに通り過ぎることのない人々の目を奪っていた。


 栞はそれらの視線をやり過ごし、坂を上りきる。

腰まである長い漆黒の髪を鬱陶しげに掻き揚げ、

ほっと息をもらした。

 それから額に手を翳し、注ぎ込む眩しい日差しを遮りつつ、

自分の背丈の倍はあるであろう門を見上げ、しばし茫然と佇む。

 視線の先あるのは、『私立聖華学園大学寮・香紅館』と刻み込まれた石の表札だった。

栞は手にした白い紙と表札とを見比べ、

ずれ落ちそうになった右腕の紫の布包みを静かに抱え直す。


(間違いない。やはり、ここだ)


 閉ざされた門の向こうは白樺の並木道。

どれほど続いているのか、先はまったく見えない。

栞は中へ入るのをしばし躊躇う。


(今ならまだ、間に合うかもしれない)


 引き返してしまっても、きっと何事もなかったように生活できるだろう。

でも、と栞は爪を噛む。

長年知りたかった真実。それをつかむ好機は今しかない。


(どうしよう……)


 行くか、行かぬか。

栞はじっと門扉を見つめ続け、唇を噛み締める。

 紫の布包みを、もう一度ぐっと抱え込み、

赤く錆の浮いた黒い鉄格子を強く押した。

ぎぃっと酷く耳障りな音とともに、門が開く。

栞は意を決したように小さく頷いて、塀の内側へと足を踏み入れた。

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