≪ 一、え? なんで? 2 ≫
「って、そうじゃなくて!
直己君のお兄さんなら尚のこと、どうしてこんな非常識な話ができるんです?!」
問いかけているうちにふつふつと怒りが湧き出てきた。
知らず詰問調で尋ねると一真がすっきりとした目尻を和ませてくる。
笑うと確かに直己に似ている気がした。
けれど、だからと言って、彼の言葉を真に受けるつもりは毛頭ないが。
「確かに非常識かもしれないけど俺は真剣です。だから、考えては貰えませんか?」
眉尻を下げて見下ろしてくる一真へ、菜穂子は即答する。
「嫌です。無理です。無理!」
しかしながら、一真もそう簡単には引き下がってくれなかった。
「無理かどうかは試してみてからではどうですか?」
人差し指を口元へあてつつ提案してくる。菜穂子は思いきり渋面を作った。
「したくないから無理だと申し上げているんです。直己君のお兄さん、いえ、ええっと……」
名前がうろ覚えだったせいで隙を見せてはいけない相手に、チャンスを与えてしまった。
菜穂子は内心で臍を噛む。案の定、一真が一歩前に迫ってきた。
改めて胸に手を当て、瞳を覗き込んでくる。
「一真(かずま)です。数字の一に真剣の真で、一真です」
負けるわけにはいかない。
菜穂子は奥歯を噛み締め、真っ直ぐに突然やってきた無礼な求婚者を見据える。
「じゃあ、一真さん。私には好きな人がいるので無理です。諦めてください」
今一度きっぱり断る。だが、どういうわけか一真が堪えた様子は見られなかった。