好きと好きの違い 1-1
みっちぃさんによるphotoAC(写真AC)からの写真

≪ 一、生還した兄 1 ≫



 7時に叩き起こされ、
森村昭次郎(もりむらしょうじろう)はあくびをしながら階段を降りる。
国民服のズボンの中に白いシャツの裾をしまい込みながら居間に入ると、
叩き起こした張本人の母親の姿はなかった。
いるのは、野良着姿の兄の照太郎(しょうたろう)だけだった。

「はよう。母ちゃんは?」
「おはよう。母さんなら、父さんと一緒にもう畑に行ったぞ」
「そっか」

 朝も早くからご苦労なことだ。学生の自分とは違い農家に休みなどない。
きっと兄も食事が終わり次第、畑へ向かうのだろう。
そんなことを考えながら昭次郎は、照太郎の向い側に座る。
すると、目の前で兄が握り飯を頬張りながら悶え始めた。

「くぅー。美味しいなぁ。生きて帰ってこれて本当によかったよなぁ」

 戦場で命を落としたはずの照太郎が生きて帰ってきてから一年が経つ。
農家な我が家は幸いにして食に困ることはなかったが、
それでも家族の分を賄うので精一杯だった。
だから戦地にいた兄は食べる物に困っていたに違いない。
 昭次郎は、食事のたびに口にする照太郎の言葉に胸が痛んだ。
だがそうは思いつつも、両手に握り飯を持ち交互に食べる兄の姿を見ると
つい苦言がもれる。

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オープニング背景画像:良香さんによるphotoAC(写真AC)からの写真