虹色の花 童話

 青虫のパックはわんぱくっ子。

森の近くのキャベツ畑にある葉っぱのお家を抜け出しては、兄さんや姉さんたちを困らせています。


 ある日のこと。

いつものように森へ探検に出かけると、しばらくして、

大きな大きな木の根元で休んでいる、大きな銀色のトンボに出逢いました。

ギンヤンマと名乗ったそのトンボは、きらきらと輝く透明な羽を上下に動かして、

静かにパックを見下ろしていました。

「大きくなったらおじさんみたいな羽が生えてくる?」

 パックは自分もその羽がほしくなり、ギンヤンマにたずねました。

するとギンヤンマは答えました。

「ああ。でもどんな色かはわからないよ。羽の色は、虹の神様が決めることだからね」

「虹の神様?」

 パックは頭を傾げました。

「そうさ。大きくなったらこの森のずっと奥にある、虹色の花が咲く谷へ行くんだ。
虹色の花はこの世界にたった一つしかない大切な花、神様の使いなんだよ」

 パックは、ギンヤンマの背中についた羽を見上げました。

それはとても薄く透き通っていて、木洩れ日に照らされ、きらきらと輝いて見えました。


* * *



 次の日の朝。

パックは仲良しの青虫リッキーに会いに行きました。

そしてお家につくなり、森でのことを彼女に話してきかせました。

でも、パックの話を聞いたリッキーは、ちっとも笑ってくれません。

不思議に思ったパックはリッキーにたずねました。

「リッキーは行きたくないの?」

「だって、いっぱいこわいことがあって、

それを乗り越えた者だけが行けるんだって兄さんたちが言ってたもの。

それでもパックはこわくないの?」

パックが頷くと、リッキーはうつむいてしまいました。

パックはそんな彼女を弱虫だと笑いました。

するとリッキーは、こわい顔でパックをにらみつけ、

「そうよ、わたしは弱虫よ! でもそのほうがいいんだもの!」

 と、怒って行ってしまいました。



 

* * *



 それから何日か後のこと。

パックは姉さんや兄さん青虫が、葉っぱの上で忙しそうに体を動かしているのを見かけました。

「何してるの?」

 パックがたずねると、一匹の兄さん青虫が蝶々(おとな)になるために、

さなぎになる準備をしているんだよ、と教えてくれました。

パックは瞳を輝かせました。

――虹色の花のところへ行けるんだ!

 パックは躍り上がる気持ちを抑え、みんなと同じように準備を始めました。

それから長い眠りにつくその前に、みんなに向かって何色の羽がほしいのかたずねました。

兄さんや姉さんたちは次々に色々な色を言い合った後、今度はパックに向かってたずねました。

「ボクはトンボさんみたいな透明の羽がいい!」

 パックは胸を張って言いました。

「じゃあそのお願いが叶うように、たくさん眠らなくちゃね」

 優しく微笑む姉さん青虫に元気よく頷き、パックはかたいかたい殻のお布団をかぶりました。


* * *



 こうしてパックたちはさなぎになりました。

パックはかたい殻の中で、ふわふわとした優しいまどろみに包まれ、楽しい夢を見ていました。

パックの背中には、きらきらと輝く透明な羽が生えていました。

そしてみんなと一緒に、虹色の花園で蜜を吸ったり飛んだりして遊んでいました。

時折ふと、目を覚ましたくなることもありましたが、そんなときは必ず、

(まあだ、まだ……)

 という囁きがどこからともなく聞えてきて、パックをまた、夢の中へといざなうのです。

けれども、いつの頃からかその囁き声はしだいに大きくなり、いつの間にか、

(まあだ、まだ……)

 という声から、

(もう少し、もう少し)

 というものに変わっていました。

そしてある時、パックはいつもとは違う声を耳にしました。

(さあ、目覚めなさい)

 そのとたん、今まできれいに咲き誇っていた虹色の花や谷が消え、

ぐるぐると世界が回り出しました。

みんなの姿もなく、独りぼっちになったパックは、

こわくなってこの場所から逃げ出そうと一生懸命もがきました。すると――


 ぱきぱきと音がして、かたいはずの殻が割れました。

割れた殻の隙間から、青い空がのぞいています。

パックが殻から這い出ると、たくさんの真っ白い蝶々が大空を舞っていました。

「うわあ」

 パックが思わず声をあげると、一匹の白い蝶々がひらひらと舞い下りてきました。

「おはよう、パック。よく眠れたかい?」

「兄さん?」

 パックはとまどいながら兄さん蝶々と自分を見比べました。

パックの背中には、兄さん蝶々と同じように白い羽が生えていました。


 そう。パックはとうとう蝶々(おとな)になったのです。



* * *



 いよいよ旅立ちの時がやってきました。

 パックたちは、まだ夜明け前の冷たい空気のなか、白い羽を広げて空へと舞い上がりました。

目指すは森の奥の奥。虹色の花が咲く谷へ。

虹の神様の祝福を受けるそのために、蝶々たちは力のかぎり飛び続けます。

虹の神様に祝福を受けなければ、誰も生きてゆけないからです。

でもパックはそんなこと少しも知りませんから、みんなと飛ぶのが嬉しくてなりません。

いつか見た夢の景色を思い浮かべながら、パックの心は躍るようでした。

けれどもしばらくして、パックはたくさんいた仲間の姿が、

だんだん減っているのに気がつきました。

「ねえ、みんなどこへ行ったの?」

 不思議に思ってたずねると、みんなは互いに顔を見合わせ、悲しげな表情で答えました。

「パック。わたしたちはずっと一緒にはいられないの」

 一匹は力尽き、一匹は鳥やカマキリに捕まり、また一匹はクモの巣にかかり……。

そうして、白い群れはどんどん小さくなっていくのです。

最後に残るのは一握りの蝶々だけ。

「みんなはどうなっちゃうの?」

「死んでゆくんだよ」

「もう戻って来ないの?」

 そうたずねるパックに何も言わず、みんな黙って下を向いてしまったその時です。

「おおい! クモの巣があるぞ!」

 前にいた兄さん蝶々が大きな声をあげました。

見るとすぐ目の前に、大きく拡がったクモの巣が、パックたちの行く手を阻んでいました。

大変だ、とパックは思いました。

このままでは、みんなクモの巣にかかってしまいます。

すると後ろにいた兄さん蝶々が、パックを見つめて言いました。

「いいかいパック。僕らが先にあのクモの巣に行って穴を開けるから、
お前はその穴を通って谷へ行くんだ」

「兄さんたちも来る?」

 パックが聞くと、兄さん蝶々は頭を左右に振りました。

「このままじゃみんな死んでしまうんだ。だからパック。
お前だけでも谷へ行って、僕らの夢を叶えてほしいんだよ」

 言うが早いか兄さん蝶々は、パックが止める間もなく、クモの巣へと一直線にむかって行きました。

「兄さん!」

 パックが叫ぶと、他の兄さん姉さん蝶々たちも、次々とクモの巣へ飛び込んで行きます。

「兄さん! 姉さん!」

 けれどもその叫び声は、彼らの耳に届くことはありませんでした。


* * *



 こうして穴は開きました。

それは大きな大きなクモの巣にくらべて、蝶々が一匹、やっと通るくらいの穴でした。

パックは泣きたい気持ちを一生懸命に抑え、涙を流すかわりに大きく息を吸い込みました。

そしてみんながそうしたように、勢いよく穴へとむかって行きました。



* * *



 パックは、森の中を必死になって飛び続けていました。

心も体もボロボロになり、それでも羽を休めず、懸命になって飛び続けていました。

その時です。

いつか夢の中で聞いたあの囁き声が、またどこからかパックの耳をくすぐりました。

(こっち、こっちへ……)

 声に誘われるまま、パックは奥へ奥へと進んでいきました。

すると今度は、声にまじって水の流れる音が聞えてきたのです。

音はだんだん大きくなり、やがて目の前に大きな滝が現れました。

そこはまさに、パックが夢に見たとおりの風景でした。

でも、パックは少しも嬉しくありません。

頭に浮かぶのは兄さん姉さんのことばかり。

悲しくて悲しくて、パックはとうとう泣き出してしまいました。


 どれほど泣いていたのでしょうか。

気がつくといつの間にか、泣いているパックの前に二匹のミツバチが立っていました。

ミツバチたちはパックを見下ろして、ゆっくりと口を開きました。

「よくぞたどりついた」

「我らについてくるがよい」

 そしてミツバチたちは、パックをまだ開いていない花のつぼみへと導き、こう言いました。

「さあ、願うがいい」

 パックは、弱りきった体でよろよろとつぼみの先にとまりました。

そして、声のかぎりに叫びました。

「虹の神様、虹の神様! どうかボクに兄さんや姉さんが夢見た羽の色をください!」

 するとどうでしょう。

おひさまが流れる滝に向かってぴかぴかと光を放ち、滝壷から大きな虹がかかりました。

そして、ぽんっという音と共につぼみが開き、七色の輝きがパックを包み込んだのです。

「うわあ!」

 あまりのまぶしさに目をつむったパックは、

「目を開けるがいい」

 というミツバチたちの声が言う通り、そっと目を開き、自分の羽を見ておどろきました。

パックの羽の色は、虹色の花と同じように、七色に輝いていたのです。

けれどもやっぱり、パックの心は晴れません。

「みんなの夢を叶えてくれたって、喜んでくれる蝶々は誰もいないんだ」

 すると、それを聞いたミツバチたちが声をそろえて言いました。

「頭をあげるがよい、パックよ。お前はひとりではないぞ」

 パックが顔を上げるとその先には、パックと同じ七色の羽をした、一匹の蝶々がいました。

虹色に輝く羽を持つその蝶々は、言いました。

「会いたかったわ、パック」

「リッキー?」

 パックは驚いて、目を丸くしました。

そんなパックの周りをリッキーは、自分の羽を見せるようにゆっくりと飛び回りました。

「そうよパック。どう、わたしも立派な蝶々になったでしょう?」

 そうしてリッキーは、びっくりして目を丸くしているパックに、にっこり微笑んでみせました。

「ねえパック。わたしたち、新しい家族をつくりましょうよ。いなくなってしまったみんなの分も」

――うん!」

 パックはその言葉に頷くと、七色の羽を広げて飛び立ちました。

それを見たリッキーも一緒になって舞い上がり、

やがて二匹の蝶々は、青い青い大空にひらひらと虹色のおびを描きました。

そして、七色の羽をした蝶々たちは、仲良く虹色の花咲く谷をあとにして、
あの懐かしいキャベツ畑へと帰っていきました。

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