月華 ~ 第4話 ~

 やがて、夜がやって来た。

窓辺から差し込む光は、昼間の陽光とは打って変わって儚く淡く、

遠くへ広がる藍色の空を、やわらかく包み込んでいる。

そこへ、誰かが部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。

 月明かりの下、明かりも点さず荷物整理に没頭していた栞は、

突然のノック音に身を竦める。

 広く暗い部屋の中に小さな音が響いた。


「はあい、どなた?」


 問いながら腕時計を見ると7時を少し回ったところである。

夕食にはまだ少し間がありそうだが、いったいなんの用だろう。

栞は松本のおかめ顔を想像しながら、彼女が扉を開けるのを待った。

けれど、返事はない。

 気のせいか、と扉から目を離す。

すると、三度(みたび)扉を叩く音がした。


「どなたですか? 松本さん?」


 怪訝に思い無意識に声を張り上げる。

やはり、返事はない。

首を傾げながらも、思い切って扉へ向かい開けてみるが、

誰の姿も見当たらない。


「へんなの……」


 松本のことだ。

きっとまだ時間より少し早いと途中で思い直し

声をかけずに去ったのだろう。

そう考えて、扉を閉める寸前それに気づいた。


「……花?」


 扉の横に置かれた、真っ白な花束。

明るい人工の光の下、綺麗にラッピングされたそれは赤い絨毯によく映えた。


「誰からだろう」


 不信に思いつつも栞はその白い花束を抱え込む。

ためつすがめつ見るうちに、カードが一枚添えられているのを見つけた。

栞は花を痛めぬよう、細心の注意を払ってカードを取り出す。

2つ折になったそれを開くと、

そこには送り主を表す文字は何もなく、

ただ栞には身に覚えのないメッセージが短く記されていた。


     愛しい貴女に

     僕の情熱のすべて、紅い唐菖蒲を送ります

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