やがて、夜がやって来た。 愛しい貴女に
窓辺から差し込む光は、昼間の陽光とは打って変わって儚く淡く、
遠くへ広がる藍色の空を、やわらかく包み込んでいる。
そこへ、誰かが部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。
月明かりの下、明かりも点さず荷物整理に没頭していた栞は、
突然のノック音に身を竦める。
広く暗い部屋の中に小さな音が響いた。
「はあい、どなた?」
問いながら腕時計を見ると7時を少し回ったところである。
夕食にはまだ少し間がありそうだが、いったいなんの用だろう。
栞は松本のおかめ顔を想像しながら、彼女が扉を開けるのを待った。
けれど、返事はない。
気のせいか、と扉から目を離す。
すると、三度扉を叩く音がした。
「どなたですか? 松本さん?」
怪訝に思い無意識に声を張り上げる。
やはり、返事はない。
首を傾げながらも、思い切って扉へ向かい開けてみるが、
誰の姿も見当たらない。
「へんなの……」
松本のことだ。
きっとまだ時間より少し早いと途中で思い直し
声をかけずに去ったのだろう。
そう考えて、扉を閉める寸前それに気づいた。
「……花?」
扉の横に置かれた、真っ白な花束。
明るい人工の光の下、綺麗にラッピングされたそれは赤い絨毯によく映えた。
「誰からだろう」
不信に思いつつも栞はその白い花束を抱え込む。
ためつすがめつ見るうちに、カードが一枚添えられているのを見つけた。
栞は花を痛めぬよう、細心の注意を払ってカードを取り出す。
2つ折になったそれを開くと、
そこには送り主を表す文字は何もなく、
ただ栞には身に覚えのないメッセージが短く記されていた。
僕の情熱のすべて、紅い唐菖蒲を送ります