正面の階段を上ると、
大の大人が4人は並んで歩けるほどの幅広い廊下が左右に伸びていた。
栞は松本の後ろについて右に曲がり、
彼女の背中をぼんやりと眺めながら赤く長い通路を歩く。
外側に面した四角い窓からは、強い西日が射してきていて、
栞は眩しさに目を細めた。
「なかなかいいお部屋でしょう?」
廊下の一番奥、507号室と標された部屋の扉を開け放つと、
松本がこちらへ振り向いた。
「はい、本当に」
どこか自慢げな表情の松本に頷き、栞は部屋を見廻す。
ゆうに十何畳はあると思われる部屋。
はじめに彼女の目を惹いたのは、部屋の壁一面を占める大きな窓だった。
続いて同じ壁際に置かれた鏡台。さらにその隣のベッド。
向かい側にある立派な机と大きなクローゼットの間には暖炉が見えた。
色はほぼ白に統一されており、ほかで目につく色といえば、
真ん中の白いテーブルの下に積まれた数箱のダンボールだけである。
(呆れるにもほどがあるってこういうのを言うのかも)
気後れを通り越して頭が痛い。
軽い眩暈を覚えそっとこめかみに手をあてる栞に、目前の松本が得意げに語りだした。
「冷暖房完備だし、お風呂もおトイレもお部屋の中にあるんですよ。
もちろんここはもともと1つのお屋敷ですから、
各館の1階奥に立派なのがきちんとありますけど」
「そうなんですか」
上の空で頷き答える栞へ、松本はしきりに首を上下に振って話を続ける。
「ええ、ええ、そりゃあもう素敵なお風呂で。何しろ広くてねえ。
最初に見たときなんかは本当にびっくりしたもんですよ」
「はぁ。そうですか」
曖昧に相槌を打ちながら、ふとダンボールが目に留まった。
(とにかく、片付けなくちゃ)
ゆっくりと近づき松本のとめどないおしゃべりをよそに荷解きを開始する。
一刻も早く安心できる何かに囲まれ気を落ちつけたかったのだが。
一方の松本はといえば、そんな栞の気持ちなどお構いなしで話を続け、
こちらが堪りかねて作業の手を休めても、一向にとどまる気配を見せなかった。
「家具もだいたい揃っているでしょう?
ああ、でももし足りなかったり邪魔だったりしたら遠慮なく言ってくださいねぇ。
すぐに用意しますから」
「はい」
阻まれた栞は溜め息とともに松本を振り返る。
それでも松本の話は止まらない。
「電話はお部屋にもつけられますけど、
A館とB館とに各階2台ほどありますから自由に使ってくださいな」
「はい」
「それから食事は朝夕7時半から8時半までですから、
遅くなる時は一言いってくださいな。そうそう、なるべく早めにねえ」
「あの」
「あと洗濯物はB館1階の右奥にランドリールームが設置してありますから。
そうそう、お屋敷のお風呂の方は夜6時から11時までですよ。よろしいですかねえ?」
「……はい。よくわかりました」
心底辟易して答えると松本が満足げに破顔し、
たった今気がついたと言わんばかりの表情で口に手をあてた。
あらあら、大変そうねえ。何か手伝いましょうか?」
栞は込みあげそうになる苛立ちを抑え、にこりと両の頬を上げてみせる。
頼むからしばらくよそへ行っててくれ、という表情はおくびにも出さなかった。
「いえ、そんなにたくさんは持ってきてませんから。
今から頑張れば夜までには終わると思います」
「それじゃあ、夕食が出来たらお呼びしましょうかねえ」
「いえ、そんな。わざわざそんなことまでしていただかなくても」
慌てて辞退しようとする栞に、松本が右手をおおげさに振りながら答えた。
「いいんですよ。今日はこの寮に来た最初の日だし、休み中はあなたしかいないんですから」