≪ 第二章 魂護衛課第五班(たまごかけごはん) 1 ≫
(さっきのはただの偶然か? それとも)
神は、日の光をふんだんに取り込む吹き抜けになっている一階とは対照的な、薄暗く埃くさい地下の廊下を歩きながら、
先刻のこと思い出していた。
地上地の人間が、天間人である自分に気づくはずがない。あれは気のせいだ。あるいはただの偶然だ。
それなのに、神の脳裏には先ほど見た少女の紅い唇ばかりがよぎる。
無限のループに入り込んだまま歩くこと数分。薄汚れた青い扉が見えてきた。
手垢でくすんでしまった金色の丸い取っ手をつかんで中へ入ると、左奥に衝立のように並んでいる観葉植物の向こう側から、
能天気な話し声が聞こえてきた。
「トメさん、はいッ! お茶どうぞ」
「おぉ、クレアちゃんありがとう。やっぱりお茶は美女が淹れてくれるのに限るな。うんうん」
少しハスキーがかった声は同僚であるクレアの声だ。
あとから聞こえてきた野太い豪快な笑い声が、もう一人の同僚、福留善次(ふくどめぜんじ)の声だろう。
「もう、トメさんったらぁ、本当のことを。正直者なんだからぁ」
二人の会話を聞いているだけで、一仕事やり終えた開放感は疲労感へと変わった。
神は即刻彼らの会話を打ち切らせるべく、二人の会話に割り込んだ。
「何が正直者だ、バカたれ!」
奥のソファに座っているクレアたちの元へ、大またで近づく。
自分が突然登場したことに驚いた様子の二人を見て、少しだけ気分が良くなる。
しかし、クレアの平和ボケしたたれ目を見た瞬間、神は彼女の肩まで伸びている赤味がかった栗色のソバージュに
拳骨を落としていた。
「イッターイ! 帰ってきた早々何すんのよ、神ちゃんっ!」
よほど痛かったのか、クレアは涙目になりながら両手で頭を抑えている。
そんな彼女を無視して、神はクレアの前でお茶を啜(すす)っている福留へ視線を向けた。
「だいたい、ジジィもお世辞ばっか言ってんじゃねぇよ。
元々バカな奴が、調子に乗ると被害がデカクなるんだからやめろよな」
ただでさえ小人のようにずんぐりとした福留の身体は、ソファに座っているせいで余計小さく見えた。
見るからに中年男といった風体だ。六対四の割合で白髪のほうが多いが、自然な流れのオールバックで決めている。
神はそのオールバックが崩れるところを一度も見たことがなかった。
「ちょっと神ちゃん無視しないでよ。
それにね、トメさんはお世辞を言ったんじゃなくて、事実を言ったの。事実を!」
クレアは座っていたソファから立ちあがり、両手を腰に当てて攻め立ててくる。その言葉尻に福留が加勢した。
「そうだぞ、クソガキ。クレアちゃんの言うとおりだ。
それになんだその格好、だらしない。そんなんだからクレアちゃんの可愛さがわからんのだ。まったく情けない」
福留が大袈裟なため息をつく。そのわざとらしい表情で、神はおちょくられていることに気づいた。
「ハッ、何言ってんだ、これがオレのいつもの格好だ」
神は胸をそらせながら自分の服装を見せつけた。
スーツのボタンは外され、ネクタイが申しわけ程度にかかっているシャツも、ズボンから飛び出している。
それは仕事をしていないときのいつもの姿だった。