重い足取りでアルフの部屋へ入ると、踏ん反り返って椅子に座っているアルフと目が合った。
グランはだらしないアルフの姿に苛立ちを覚えたが、毎度のことだと気を落ち着かせるため小さく溜息をつく。
実験道具など一つもないアルフの部屋にある大きなソファに腰を下ろすと、同時にアルフが口を開いた。
「意外と早かったな。もう少し遅かったら、これをばら撒くところじゃった」
アルフは、二人の間にある机の上に放り出すように1枚の白黒写真を投げ出した。
その写真にはパジャマ姿の小さな女の子が映っている。
寝起きなのか、右手に持っている熊のぬいぐるみを床に引きずっていた。
(どこかで見たことがあるような)
次の瞬間、グランは写真をひったくるようにかき集めた。
(あの頃の女装写真は全部焼却したはずなのに)
グランは写真を握りつぶしポケットの中に押し込んだ。
「なんじゃ、可愛く写っとるじゃないか」
からかいを含むアルフの声がグランの心を逆なでる。
ただでさえ実験を中断させられた恨みが残っているというのに。
用件を聞いて早々に立ち去ろう。
グランは気持ちを切り替えるように話を切り出した。
「で? 用件はなんです?」
グランの素っ気ない態度に、アルフはつまらなそうに呟いた。
「冗談もわからんようじゃ、まだまだだぞ? もう少し広い心を」
「そんなくだらない話をするために、僕の実験を止めさせたんですか?」
グランは、本題に入ろうとしないアルフの言葉を無遠慮に遮った。
「つまらん奴だな」
(つまらない奴で結構だ)
グランは、フンッ、と鼻で息を吐き出しながら黙ったままアルフを睨みつけた。
そんなグランの態度にアルフもそれ以上は何も言わず、小さな溜息を吐き出す。
「最近、忙しそうで中々、自分の実験ができないそうじゃの?」
「師匠に呼ばれてさえいなければ、できていましたよ」
その貴重な実験を取り止めさせたのはアルフ自身だというのに何を言っているのだろうか。
グランは勝手なことを言いだすアルフに呆れた。
そんなグランに気づいたのか、アルフにしては珍しく慌てたように話を続ける。
「いやいや、たまたま今日がわしだっただけで次は違うかもしれんじゃろ?」
確かに最近、仕事以外で薬草の精製ができていない。
だがそのことを追求されると、どうしても先ほど潰された実験を思い出し、腹が立ってきて仕方がない。
グランは黙ったままアルフを睨みつけた。
しかしアルフにとって、グランの冷たい視線など痛くもかゆくないようだ。
アルフは得意げな顔をグランに向けた。
「そこでだ、お前さんもそろそろ弟子をつけてみたらどうだ?」
「結構です」
幼い頃に比べれば多少なりとも成長したとはいえ、未だに人付き合いは苦手だ。
そんな自分に弟子なんて存在は不要以外なにものでもない。
年中知らない人間が傍にいると考えただけでグランは寒気がした。
「おー、いいのか。では早速」
「違います。弟子なんかいりませんという意味の結構です」
相変わらず人の言葉尻を自分のいいように取るアルフに、グランはすぐ訂正をした。
だが、グランの声に被せるようにアルフは音を立てて机の上にあったお茶をすする。
そして、とぼけたよう顔でグランから視線を外した。