≪ 一、え? なんで? 4 ≫
(軽率だったわ……)
ものの弾みで口走った過去話、いや、現在進行形の恋バナを、直己はしっかりと記憶していたのだろう。
(かと言って、落ち込んでる直己君を放ってはおけなかったし……)
そもそも直己との出会いも、一風変わっていた。
ある雨の日、田中館長に伴われずぶ濡れで館内へ入ってきたのである。
土砂降りの中、入り口の前で佇んでいる少年を前に声をかけるべきか悩んでいる内に、田中館長が動いてくれたのだ。
館長は最初は美術館に置いてあるタオルを直己へ手渡したが、それよりも温まった方が先決だと考えたのだろう。
自宅に招いてシャワーを貸し、その場で色々と話をしたらしい。
どうやら、その時の悩みもまた進路に関するものだったようで。
田中館長が色々と親身になっている内に笑顔を見せるようになり、彼女まで作るほどに回復していた。
それなのにまた苦しんでいるのか、とつい同情してしまったのがいけなかった。
目の前のこの人物は、直己よりも二回りほど肝が据わっている。
まるで「諦める」という文字を知らないとでも言わんばかりだ。
(ええい! 負けるもんか!)
菜穂子は唇を引き締める。
「ほっといてください。そんなことわかっていても好きなものは好きなんですから」
身も蓋もない話ながら事実を告げる。一真は腕を組み、しみじみとした口調で呟いてきた。
「不毛だなあ」
溜め息混じりに呟かれ、カチンとくる。
初めて会った人間に自分の内面の問題をとやかく言われなくはない。
菜穂子は右足のパンプスを踏み鳴らした。
「今ここでこうしているよりマシです! ではそういうことですので、さようなら!」
言うだけ言って踵を返し歩き出す。
「あ、待ってください! 菜穂子さん! 菜穂子さん!」
後方から一真の声が追いかけてきたが、知るものか、と菜穂子は早々にこの場を後にした。