≪ 第一章 出会いは突然に 4 ≫
「あそこのハムカツ美味しいよね。私の大好物なんだよ」
「うん。僕もあそこのハムカツ好きなんだ。でもメンチカツのほうが好きかな」
「メンチカツは人気だからすぐ売りきれちゃうもんね」
好物が一緒だとわかり、下降していた気分が急上昇する。
良人の言っていたハムカツとメンチカツは丸太精肉店の売れ筋ランキング一位、二位のものだ。
厚切りの大きなハムの周りをサクサクとした衣が覆っている。オーソドックスなハムカツだが、
ちょうどよい塩梅に仕あがっているためソースをかけなくて十分に美味しい。
あの弾力のあるハムを一口噛むだけでご飯が何杯でも食べられる。
一位のメンチカツも外はサクサク、中はジュワッと肉汁が溢れ出すくせに胃もたれしない。
小笠原家の食卓によくあがるおかずの一つだ。あれで一つ五十円しないのだから儲けがあるのか
心配になってしまう。
清美が丸太精肉店の惣菜を思い浮かべていると良人の顔が陰ったのがわかった。
「……うん。でも最近はそうでもないかな……」
悲しそうな良人の声に胸が締めつけられる。
元気を出して欲しいと、気がつけば清美は彼の手を両手で握っていた。
「私、商店街がなくなって欲しくないの。だから何か私にできることがあったら言って、手伝うから」
良人は両目を見開くとすぐに顔を綻ばせた。
(ヤバイ! こんな笑顔を間近で見ちゃったら鼻血出るかも)
「ありがとう、清美ちゃん。そう言ってもらえて嬉しい。商店街のみんなだって喜ぶと思う」
「ううん。だって本当のことだもん」
「ありがとう。……あの、それでさ」
良人が言いにくそうにもじもじし始めた。早速願い事があるのだろうか。
清美は期待に胸を膨らませる。
「うん、何、なに? なんでも言って」
「いや、あの手を……」
「手?」
良人の視線の先を追うように、目線を下に向ける。
そこには未だ良人の手を握り締めている自分の手があった。
「やだ、ごめん!」
清美は慌てて手を離す。
「ううん、別にいいんだ。それじゃ、そろそろ行くよ。また明日ね」
「う、うん。また明日」
自分だけが平静でいられなかったことが少しだけ寂しかった。それでも、良人に手を振られれば嬉しくなる。
清美はまだ良人の温もりが残っている手で彼を見送った。