≪ 第一章 紅い花 2 ≫
空色のワンピースを着た女だった。
黒いボブカットのその人物は白い袋から何かを取りだし、絶え間なく口元へと運んでいく。
(花だ……)
女は紅い花びらの束を掴みむさぼり食っていた。
その視線は空虚で、なんの感情も見られない。慌てて視線をほかへ逃そうとして、ぎくりと身を竦ませた。
視線が合致してしまった。
苦しさに息を呑むと、女がにたりと笑んだ。
爛々と輝いたその瞳は、獲物を捉えた猛獣のそれを思わせる。
(嫌だ!)
息を詰めてトートバッグを握り締めるのと同時に、向かいのホームへ電車が入ってきた。
停車した電車の窓越しからちらちらと見え隠れする水色のワンピースを前に嫌な汗をかいていると、
唐突に肩が軽くなり、栞は瞳をまばたいた。
「え?」
戸惑う間にホームへ発車音が鳴り響く。
去っていった電車の後で目にした人のまばらなホームを前に、栞はやっと息を吐いた。
血の気の引いた腕を擦りながら、女の姿がなかったことに心の底から安堵した。