ミラは背負っていた荷物を足下へおろし、どっしりとしたナーブの幹へ身体を預けた。
背中越しに感じるなめらかでひんやりとした感触が火照った体にはちょうどいい。
「ふぅー。まだ旅は始まったばかりだっていうのに……。やっぱり昨日緊張してよく眠れなかったのがいけなかったのかなぁ?」
モモンガの観察中に亡くなってしまった父の仕事を引き継いでから3年。
日頃、モモグの森の中を駆け回っていることもあり体力には自信があった。
しかし寝不足の身体で太陽が照らす中を歩き続けることがこれほどつらいとは。
ミラは腰に括りつけておいた皮の水筒を取り出し、乾いた喉を潤す。
「ずっと歩いて旅をしていたイースって意外とすごいやつだったのね」
半年くらい前だろうか。モモグの森へ向かう途中に怪我をした母を見つけ、家まで背負ってきくれた青年がイースだった。
「あのときは本当に驚いたなー」
母親の声がしたと思い扉を開けたら、ボサボサ頭の黒縁眼鏡をしたイースがしかめっ面で立っていたのだ。
まだそれほど経っていないというのにひどく懐かしく感じる。
ミラはリュックの中から箱を取り出し、いくつもある封筒の中から1つを選びゆっくりと手紙を開いた。
「“ミラ! ぼくはやっぱり医師になりたい。”か、ふふふ。
手紙で書かなくてもプレオを撫でたときの顔を見ればそうなることはわかっていたわよーだ」
身近な存在を亡くし、命を預かる医師という職業の勉強から逃げ出したイースが再び学園へ戻ると帰って行ったあの日。
眼鏡の奥から見えた何かを決意した力強い眼差しを今でも覚えている。
「あんな真剣な目で見つめられたらその気がない女の子でもクラクラしちゃうわよね」
気恥ずかしくてきちんと見送りができなかった後悔が薄れ始めた頃、イースからの手紙が自分宛に届いた。
もう2度と会うこともないと思っていた相手からの手紙に、最初は偽物だと思い込んだ。
「いくら気が動転してたからって、なんであのとき母さんに手紙なんて見せちゃったのかしら」
悔やんでも悔やみきれない。手紙が届くたびににやにやしながら渡してくる母親の顔を思い出し、ミラは顔をしかめた。